人に憶えられる振る舞いとは

2014/08/21

昨日のエントリー「何によって人に憶えられたいか」の続きです。

「何によって人に憶えられたいか」を頭に据えて、憶えられたい「人」に対する振る舞いをコントロールしようとした時、人にどう見られたいか、どう思われたいかという、人の目を気にする生き方になってしまわないか、という新たな問いが湧いてきます。

自分の、憶えられたい人に対する反応は、憶えられる振る舞いなのか、それとも単に人の目を気にしての振る舞いなのか?

その判定指標として、「貢献」が使えないでしょうか。

憶えられたい「人」に対して貢献し、成果をあげている振る舞いであるならば、結果、そう憶えられるはずです。

一方で、表面的に取り繕った態度であったり、日和見な振る舞いであれば、その振る舞いは憶えられたい「人」に対して貢献していないでしょう。

貢献していなければ、「貢献していない人」として憶えられるわけですが、それは「何によって人に憶えられたいか」の「何」とは違うはずです。

「何によって人に憶えられたいか」は「どのような貢献によって誰に憶えられたいか」と言い換えることで、より具体的に考えやすくなるかも知れません。

そして、憶えられたい「人」に対して自分が行っている反応を、憶えられたい「貢献」とリアルタイムで照らし合わせていくことで、自分自身を「憶えられたいもの」に近づけられるでしょう。

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